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そういえばこの前友人の、いい子で友人もおおくて割と裕福で物凄い美少女とめちゃくちゃいっぱい飲んだときにその子と人間関係の話してて○○ちゃんは妬まれたりして大変そやなぁと言ったら「意味なく妬まれたら性的に興奮する」といってて神様はすごい要素を与えたもんだなぁと思いました
Twitter / @r_r_r_RENnyuu http://bit.ly/zSkofs (via nagk)

192:彼氏いない歴774年:2011/12/09(金) 08:32:13.58 ID:m6ST1KYT
先日実家が火事起こして全焼したこと

家族全員無事だったのが幸いだったけど
何もかも燃えてなくなってしまった

火事起こした日から今まで諸々の対応や雑務にひたすら追われてるけど
ほんとにまさかこんなことが起きるとは思ってなかったから
なんだかまだ現実感がなくてずっと頭の中がぼんやりしてる
これからの事とか、考えなくちゃいけない事は山ほどあるのに
なんかちびまる子ちゃんの永沢くんの事ばっかり考えてしまって自分でも戸惑ってる

こんなに永沢くんのことを考える日が来るなんて思ってもみなかった…

ラーメン店店主から意外なことを聞いた。「本当にこの材料や作り方がいいのか
悪いのか分からない」と店主が言ったのだ。

このラーメン屋店主はメディアから紹介されることによる集客効果の恩恵を受けてきた人物なのだが、
「記事にならないよ」や、「こだわりを教えてください」などと言われることも影響し、
店で出すラーメンは、より複雑な材料と製法になっていったのだという。

「メディアの人は、“普通にトンコツとトリガラと野菜を煮ただけです”などと言うと、
“秘伝のタレはないのですか?”や“特別な豚を使っていないのですか?”などと言う。
“いや、別に…”と言うと“記事にならない”(書くことがない)発言が出るのです」

このように「記事にならない」と言われるのならば…、「なるほど、メディア受けしそうな材料と製法で
作れば良いのだな」と凝ったラーメンが続々と出るようになる。そして前出店主は「ラーメン業界全体が
ウンチク勝負になってきている。消費者やメディアもウンチクがあれば美味しいと思っている」とも語る。
その結果、「無化調(化学調味料を使わない)のスープ」、「スープには烏骨鶏のガラを使用」、
「ローストした甘海老の頭をすりつぶした」、「モンゴルの岩塩を使っている」、
「27時間しっかり煮込み乳化させた」などの工夫や、その店の製法に関する
“メディア受けしそうな”ウンチク(“店主はフレンチ出身”、“マクロビオティックの思想に
基づきラーメンを作っている”など)が並んだとこの店主は指摘する。

これらの傾向があるとした上で、この店主は「もしかしたら、特別な地鶏よりも、
ブロイラーの鶏の方がダシがよく出るかもしれませんし、化学調味料を使うことが
ウマさの秘訣なのかもしれません。我々も悩んでいますし、よく分からない」と語った。

例えば、小さい子どもを出して、ただひたすらけなげに酷なことをさせればいい。(装置)

雨の中、知らない街でお母さんを探すとか、いなくなったペットをひたすら探して転んで膝をすりむくとか。

悲しげで大げさな音楽をこれでもかと流す。演技が真にせまっていれば(演出)大抵の観衆は自動的に泣く。

泣くのは快感だから、大抵の観客は泣かされても文句は言わない。

みうらじゅんはそういうのを「涙のカツアゲ」と呼んだ(Always三丁目の夕日を例にあげて)。

えーーすごい みんなこれやろうよ「ある出会い系業者から「500万円当選しました」との迷惑メールが。んじゃ、500万円ちょーだいとのことで、業者を訴えてみました。」→100万円の支払いで和解 / “出会い系サイト運営業者を訴えてみた(出…” http://t.co/fY06JEew (http://bit.ly/Ap68EH)

だが、泣く人の気持ちはわかるような気がした。別に泣いたっていいじゃないか、とも思った。問題はその先だ。多くの人が「ああ、自分は泣いてしまった。不覚ではあるが事実は事実だ。ここは厳粛にこの事実を受け入れ、この作品を評価せずばなるまい」と思い込んでいるようなのだ。これが私にはよくわからない。皆あまりに自分の生理現象を信頼しすぎているのではないか。人は梅干しの写真を見れば唾液が出てきてしまうのだ。

 私などそりゃもう恥ずかしいぐらいによく泣く。このあいだは、タイトルも知らない単発ドラマを、終了5分前から観始めて泣いた。登場人物の人間関係も、そこまでのストーリーすらまったくわからないのに、ある年配の役者が発したセリフのひと言に感じ入って涙が出てしまったのだ。これにはさすがの私もあきれ、そして理解した。

 人が涙を流すのは必ずしも作品の出来とは関係がないのだ、と。

 かつて自分が何かに感動した時にできた涙腺回路のようなものが頭の中にはあって、そこにピタリとはまるような場面だの言葉だのを見聞きしてしまうと、涙というのはどうやら自然に流れる仕組みになっているらしいのである。歳をとると涙もろくなるというのは、つまりそういう回路のパターンが増えているからではないか。

俺たちの時代は人に迷惑をかけないっていうのは、迷惑をかけないために周りとコミュニケーションをとっていく、要するに自分の手のうちになるべく大勢の人を入れることが「迷惑をかけない」ってことだったのよ。なんかあったときに助けてくれたり、迷惑かけたとしても「ごめんね」で済むような関係を作るってこと。それが今の人たちは逆。人に迷惑をかけないっていうのを関係を遮断することだと思ってるんだよね。
加藤鷹×加藤ひさし対談 (via gkojax)
2009-03-09 (via gkojay, kotoripiyopiyo)

2010-02-24

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