先週の日曜、うちにきた小学3年の親戚の少年が言ってたけど、クラスの中では2001年に生まれた早生まれの子と2000年に生まれた子との間に壁があって、2000年生まれの子は「20世紀生まれの古い奴」と言われて馬鹿にされてるらしい。
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維新派の役者たちが、変則的な拍子のリズムにのって、自らの四肢をどんどん分解していくとき、その分解する酵素は、躯の外へと流れだし、舞台上の大道具や小道具、照明を次々と分解し、果ては観客席の躯と頭を分解していく。何かを分け隔てることで、ひとつのまとまりを形成するのとは逆に、一切を拡散することで、茫漠とした寂しさを場に降らせる。
その幸せ。
天井があることで、その分解酵素がどんどん充満していって、最後はちょっと自家中毒的にクラクラしたけど、それもまた醍醐味だろう。本当は、野外で夜空にその酵素が抜けていって、星の瞬きや月の明かりを、木々のざわめきを、虫の鳴き声を、宇宙の構造を、どんどん分解していくのを感じたいところだけれど。
そういえば以前、別の若手議員がこんことをこぼしていた。
本当は政策的な勉強会や活動をもっとやりたいのだが、地元周りを減らすだけで
「最近、天狗になった」とか「○○さんは真冬でも毎朝7時に駅前に立ってるのに」
なんて地元で言われるのだそうだ。
昭和というかなんというか、“おしん”みたいな世界観である。
きっと、過去には勉強熱心だったり、高度な専門性を持つ候補もいたのだろう。
が、スポ根と浪花節が大好きな国民の下、選挙という自由競争を通じて淘汰され、
気が付けば選挙バカが適者生存する国になってしまったのだろう。
「ピンチはチャンス」という言葉があって、
これは「追い詰められた状況を乗り越えられるようになれば大きく成長出来る」
という思わぬところに良い機会があるという話なんですが、
ピンチを乗り越えられないと死んでしまう事もあるという事は語られていません。
このようにポジティブな側面を強調する事で、ネガティブさを隠す方法が存在します。
20091127094341 (via rulebook) (via nuremochi) (via yuco)


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「【イメージレスポンス】テレレレン♪?」/「いかまぐ@あ~る絵師」のイラスト [pixiv]](http://3.media.tumblr.com/tumblr_ktvvva90ZJ1qz76r7o1_500.png)

